かりんとうというお菓子は、一名を「オランダ」と大阪では呼ばれていた処から、南蛮貿易により我が国に伝えられたとも言われているのですが、由来には諸説があって、奈良時代遣唐使が伝えた唐菓子の一種として存在したこともまた事実でありましょう。私どもは、由緒あるこのお菓子を昭和の初めより作り続けて参りました。
現在は創業当初からの伝統的なオランダの味を守りつつ、技術を生かした創作かりんとうも数多く手がけているところです。 素材の選定には一切の妥協をせず、揚げ油には創業者の時代から一貫して、国産原料100%の高級こめ油のみを用いております。玄米からわずか1%しか搾ることのできない稀少な油は、酸化しにくく、軽やかで上品な風味をもたらします。その香ばしさとほのかな甘みが、かりんとう本来の滋味豊かで素朴な味わいを一層引き立てております。
受け継いだ味と志を大切に、老若男女の皆様に親しまれるかりんとうをお届けしてまいります。末永くご愛顧賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
明治33年生まれの初代社長・岡部憲次は、大阪市南区松屋町の先代三友商店に入店し、かりんとうの製造を習得しました。
写真は当時の仕事仲間と一緒のもので、上の段中央が岡部憲次。
岡部憲次は、その後三友商店から分家独立した大糸商会に移り、満30歳まで職長として勤務。当時オランダと呼ばれていたかりんとうの製造に勤しみました。
大糸商会当時の記念写真で右端が岡部憲次。
その後独立し、昭和4年天王寺区上之宮町で開店。お菓子が珍しかった時代に、かりんとうは大人気となりました。かりんとうを運ぶ当時貴重だった一斗缶はかなり使い回されています。当時の従業員の写真です。
昭和23年現在地に「株式会社 小緑本舗」を設立。昭和26年に社名を「岡部製菓株式会社」に変更し、以来かりんとうの製造を一筋に手がけてきました。写真中央が岡部憲次、その右隣が二代目社長・岡部謙造。
創業者、岡部憲次
大阪三友商店に入店し油菓製造を習得
天王寺区上之宮町で独立開店
大阪カリント甘味有限会社を設立し、軍納品を生産
現在地に移転し、資本金30万円の「株式会社 小緑本舗」を設立
現在の社名「岡部製菓株式会社」に改名
二代目・岡部謙造が代表取締役に就任
他社ブランドへのかりんとう供給を開始
かりんとうの安定供給と品質向上を目的に、製造設備を一新
三代目・岡部友彦が代表取締役に就任
Webでのかりんとうの販売を開始
新商品の開発に力を入れる
チョコりんと、各種野菜のかりんとう、さくらかりんとう・梅かりんとうなど季節のかりんとう
雑誌月刊「大人組 Kansai」5月号掲載
雑誌月刊「大人組 Kansai」2月号掲載
〜「おすすめのお取り寄せ」〜
雑誌月刊「大阪人」12月号掲載
〜岡部製菓 香ばしきオランダ「伝統の製法と味を守って80年専業メーカーの挑戦が続く」〜
ABCラジオ「全力投球!妹尾和夫です!」〈おでかけレポート〉で紹介
「恋しや 駄菓子 かりんとう」
著者名:里文出版/編 掲載
産経新聞大阪版「うちの自慢モノ」掲載
〜「懐かしい味 未来に伝えたい」〜
大阪府が「大阪産(もん)名品」ブランドを発表し、小緑、黒糖、お好みの3種が認定される
他社ブランドへのかりんとうの供給を拡大
毎日新聞夕刊「中小企業列伝」掲載
阪神百貨店、阪急百貨店、あべのハルカスなど、大手百貨店で弊社のかりんとうのお取り扱い開始
大阪天満宮の盆梅展で当社商品のお取り扱いを賜り、以後恒例の出品となる
日本最大のお菓子の祭典である、第26回 全国菓子大博覧会・広島で最高栄誉の「名誉総裁賞」に表彰される
大阪産(もん)名品第3弾認定で、笹、小町、磯しぶき、生姜、抹茶、さくら、秋野路、チョコりんと、竹炭、かぼちゃの10種が認定され、全13種の認定となる
情報雑誌「SAVVY」12月号「日本のおやつ」掲載
平成26年度大阪産(もん)五つの星大賞授賞式にて、大阪産(もん)名品PR大賞受賞
(左上:松井知事(当時)、ハイヒールももこさん、右上:ももこさんから表彰状をもらう三代目社長)
MBS毎日放送の情報番組 「ミント!」
<ナゼトキ>のコーナーに出演
公式ホームページ改装
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